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<過去の雑文,日記>

弱体化の原因? 鶏流処世術 年末年始 パチンコ人口 行き先のない舟 散髪屋にて いじめについて 新庄さん 自己実現社会の必要 価値観 ワイドショー 福岡での事件 戦後 安物買い 顔を洗わないと.. 当然の結果? 日本の将来 奈良の事件について思うこと いわゆる厄年について オバQ主義者の由鬱(伊東孝昭氏)について 20年ぶりの先輩と劇画おばQ


06.12.25

-弱体化の原因?-

いよいよ暮れも押し詰まってきました。
買い物に行くと何だか買い物客が幸せそう。
ボーナス出たのかな?
出てない人も多いんだろうなー。ついこんな事を考えてしまいます。
そこでなぜかふと気づきました。そもそも生活が大変になったのは核家族化が原因なのではないか?
昔は家族の中でもおじいさんおばあさんお父さんお母さん子供達、時にはおじさんおばさんまでが一緒に生活していて、 仕事を分担して生活してましたよね。これ、効率がやたらいいんですよね。
今は家族もばらばら。一人暮らしの方も多いです。
お風呂にしたって食事にしたって一人なら全部自分でやらなければなりません。時間もかかるしめんどくさいですよね。
一人分の食事ってなかなか丁度には作れません。余れば次の食事に回すか、さもなければ捨てることになります。
お風呂も一人のためにわかすなんて効率も悪いですよね。一度にわかしてみんなが順番に入れば効率がいいです。
会社も沢山の社員がいて、協力すれば強いですよね。みんながばらばらの会社は弱いです。
家族も同じでしょう。家族が協力して生活を支えていくならこれは強いです。
仕事をするお父さんがいて、家事をするお母さんがいて、それを助けるおばあさんがいて、子供の面倒をみるおじいさんがいて、みんな一緒に生活している。
日本全国にみられた普通の家族が今は珍しくなりました。
生活の大変さと日本の弱体化はこの辺から生じていると僕は思うのですが...。

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06.12.10

-鶏流処世術-

三歩歩けば忘れる... 鶏ですが、世知辛い世間様を渡り歩くにはこれは必要な処世術ではないかと思います。 職場でも、学校でも、近所づきあいでも嫌なことはありますよね。
世の中、失礼な奴ばっかりです。そう思いませんか?
本当は嫌な奴、失礼な奴はほんの数人しかいないのですが、腹が立つとそいつのことしか考えられなくなります。
嫌な態度を示す奴でも日頃はそうでないことも少なくありません。 そんなことのためにいつまでもむかむかくよくよしていてはどうしようもありませんよね。時間の無駄ですし、第一自分の気持ちが悪いです。 更に八つ当たりでもしたら周りが迷惑です。
三歩歩いて忘れる。この点、鶏はえらいですよね。 これが出来れば天下無敵です。どんなことでもどんと来いですよ。次の瞬間にはリセットされてるんですから。
鶏流処世術、ぜひ今から実践しましょう。

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06.11.30

-年末年始-

明日から12月。 多くの人にとってはこれから3月までもの凄い勢いで時間が過ぎ去ることと思います。
なんでこんなに早いのかなー?って考えてみました。
先ず12月にはクリスマスがあってその後大掃除大晦日。1月は正月成人式。2月は日数が短く、3月は進学や進級を控えての準備等。 休みも入るし、環境や習慣の変化やイベントが目白押しなんですよね。 これだけ変化があれば楽しいですし、楽しければ時間も早くたちますわ。 と言うことは、一年中やりたいことがあって、変化があって、存分に楽しんで生きてる人って、いつでも年末年始って事ですね。
自分で立てた目標に基づいたイベントの多い人生!これが幸せの秘訣でしょうか?

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06.11.25

-パチンコ人口-

昨日ラジオで言ってましたけど、最近パチンコ人口って減っているらしいですね。 でも収益は上がっているそうです。と言うことは、負ける人の負担が大きくなってるって言うことでしょうね。
一人当たりの負ける額が多くなると言うことはギャンブル性が高くなるって事でしょうけど。 最近あちこちにパチンコ屋さんが新装開店しますけど、平日でも結構満杯の所って多いですよね。
パチンコをしない僕なんかは「よくお金があるなあ..」と思ってしまうんですが、とんとんの人なんかもおられるのでしょうか? (最近は負けた人の話しか聞かないですけど)
パチンコに入れ込みすぎて経済が破綻する方も少なからずいるんでしょうが、たばこと共に公営ギャンブルが国の経済を潤しているん であれば、みんながそっぽ向かない限りは存続は確実でしょうね。
何かにはまるとどこまでもお金ってつぎ込んじゃうんですよね。 かくいう僕もパソコンのパーツやソフトには相当つぎ込みました。
健康の問題もそうですけど、選択肢が沢山あるって事はいいことだとは思いますが、自己責任で程々に...

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06.11.15

-行き先のない舟-

「僕たちどうなるんだろう」 仕事に失敗したりどうしようもない気持ちになったときに僕はよくこう考えていました。
そのたびにどうにかなってきたのですが、最近この発想が間違いであることに突然気がつきました。 この考えは、船の上でじっとしている状態に似ているのではないか? そう考えたのです。
行き先が波任せだと、当然「僕たちどこに行き着くんだろう」こう思うでしょう? 自分で漕ぎもせずに、じっとしていてはいけなかったのです。
行き先は自分で決める。そう決意して自ら漕ぎ出せば、何の心配もいりません。 問題は自分で解決すべきものです。
成り行き任せで生きていては後悔しか残らないのではないでしょうか? 学校の課題は先生が与えるもの。仕事は会社があたえるもの。 人生の目標は誰も与えてくれなかったので、ない...。 これでは自分がどこに行くか不安にもなりますわな。
ということで、自分で調べて自分で飛び込んで自分で泳ぐことが豊かな人生の送り方ではないかと思うのです。

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06.11.6

-散髪屋にて-

散髪屋さんに行ったときに気さくな理容師さんがいたのでこういいました。
「そろそろはげてきてませんか?気にしてるので...」 理髪師さんはこういいました。「何年生まれ?..この年ではげてなければ大丈夫。  はげるのは遺伝じゃなくてストレスが原因なんですよ。」 何だかひたいが広くなってきたような気がしていた僕は目の前がぱあっと明るくなったような気がしました。 「でも額が広くなってきたような気が...」 こういうと、この理容師さんは、 「大丈夫です。人間はひたいから幸せを集めるんですよ。」 おお、すばらしい。この方何だかツボを心得ておられる!
この理容師さんのおかげで、なんだか幸せになった一日でした。

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06.11.3

-いじめについて-

いじめで子供が自殺したという報道があったと思ったら次は先生や校長先生が自殺。 なんで?と思うのですが、おそらく報道されなかっただけでこのテの自殺はちらほらあったのではないかと思う。 我が国はタブーを闇に葬る傾向があるので、本当はいじめによる自殺でも他の原因を探し出して隠してしまうケースが多いのではないだろうか。 確かに悪い物に目を向けると気が滅入るしその分生産性も落ちてしまう。 ひたすら上を見て頑張ってきた高度成長期の習慣と言うことではないか? それがやがては他をけ落とす事に目標が変わり、無責任時代へと突入する。 いじめられるのが自分でなければいいという感情からみんなで一緒に個人を攻撃する。 学校って、社会の縮図みたいですよね。 いじめられている生徒を学校がサポートしていなかったと言うことが問題になりますけど、 全部じゃないにしても先生だっていじめられているとなるとそんな余力はないですよね。 ただでさえ勝手なことをしたら怒られるんですから。 事なかれ主義の隙間で生じた悲しい犠牲者はこれからも出るのでしょうか? 大切な国民を教育し形作る働きをする学校です。 将来大きなつけが帰ってくると考えるとそら恐ろしいものがありますね。

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06.10.30

-新庄さん-

プロ野球界では新庄剛志選手が頑張ってますねー。こちらのサイトでは新庄選手の輝かしい経歴や新庄語録(面白い)が載っています。 しかし、この新庄選手、アメリカに行くときは”ぼろくそ”言われたとか...。 そんなのはじき飛ばして行ったところが新庄さんなんですが(と言うより聞こえてない?)、 成功者になる人というのは時には反対者の声なんか聞こえないもののようですね。 エジソンは文字どおり耳が遠かったみたいだし、フォードも無口な頑固者のイメージがありますし。 個人主義も問題ですけど、自分というものを持たないのは又問題だと思います。 その前に、誰に反対されてもこれだけはやり遂げるという目標というか信念を持ちにくい時代ではないかと思いますね。 やる前から「そんなのだめだ」って言う人が必ずいるし。失敗した人の情報はやたら流れるし。 自分の適正以前に、みんなが子供の頃からやりたいことをはっきりと自分でイメージできるような方法はないものでしょうか? 押しつけ教育や放任主義や虐待...と子供達がのびのびと自分を見つけられる環境が破壊されているように思えてならないんですが.. でも新庄さんみたいな方は出てきているわけで、詰まるところその人だって事ですか。

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06.10.25

-自己実現社会の必要-

数日前の新聞に自殺者が3万人を割ったという記事が載っていました。 これはいいニュースなのか悪いニュースなのか? どちらとも言い難いところですが、「前よりもいい」といった相対的な意味で言えばいいニュースですが 自殺者は0でなければならないのは言うまでもありません。 なんせ3万人が10年続けば30万人で、一つの大きな都市が消滅したのと同じほどのダメージですから。 無くなった方の家族や周囲の方々のダメージはもっと大きいです。 人が自殺に至る迄には病気、経済、将来への不安、最近クローズアップされているいじめなど、実に多くの原因が絡んでいることでしょう。
個人的な事が絡んでいるだけにその全部をなくす事は政治ではなかなか難しいところですが、 やはりこの世の中生活しにくいと言うのは事実ですから、みんなが何かをしなければならないというのは明らかですよね。 僕が思うに、成果主義、競争社会をやめればいいのではないか? みんなが同じ物を争って奪い合うのではなく、その人にしかない目標に向かって邁進できる自己実現型の社会であれば もっと自殺者は減るのではないかと思うのです。 しかし自分の夢を追いかけると経済的に厳しくなるのが現実ですよね。 まあ、やる人は無理矢理にでもやって成功していたりしますが。
だれでもそれが出来るような支援をしてくれるような行政があればいいですね。

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06.10.20

-価値観-

10万円の炊飯器が売れているという。ついに消費者の目が覚めたってかんじですかね? 値段が安いからって買ったら、使い物にならなかったって経験、皆さんもしたのではないでしょうか? いい物は高い。これは当たり前ですよね。安くていい物をって都合のいい事はなかなかないですよ。少なくともその辺では売っていません。 と言うことは、安い物はそれだけの物だって言うことですよ。遠からずゴミになる可能性が高い物って事ですよ。
でも、給料が上がらないので、毎日買う食料品などはやはり安い物が売れているそうです。 最近よく言われているけど、食べ物でないもの(多くは石油製品ですが)を添加して見た目きれいにしてみたり、 本来時間のかかる行程を人工的に短縮してみたり、防腐剤で消費期限伸ばしたりして価格を抑えている訳ですけど、 毎日食べるものにはやはりそれなりの手間とコストがかかっていて欲しいですよね。 でもそうすると高い。買えない。売れない。分かります。収入が限られてるんですから。 どうしますかね?体と命は何物にも変えられないはずですけど、何だか後回しになるんですよね。 良い物は高いって事に気づいた私達ですが、日頃体のことを何にも考えてないで、病気になったら病院行くとか薬で治すとか、 価値観入れ替わってませんか?

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06.10.19

-ワイドショー-

毎日,新聞やテレビ、ラジオなどで衝撃的なニュースが流されます。 しかし、よくよく見ると同じニュースが多いと思いませんか?
別に批判するつもりはありませんが、特にテレビなどは次の大きな事件が起きるまで切り口を変えて何度も何度も同じ事件を報道します。 はじめて見る人はいいんですけど、何度も見ているとそのうちに、何だか世の中は悪いことばかりが起こるんだっていうイメージができあがります。 1億3千万人の中の数十人数百人の凶悪犯の行動をクローズアップして、何度も見せられたのでは無理もありませんが、世の中にはそんなことの何万倍もいいことが起こっているはずです。 いいニュースはニュースにならないと言いますが、ワイドショーなどはシナリオまであるそうではないですか。巧みな演出によって、より衝撃的に脚色されているわけですよね。 計算され尽くしたタイミングで映像やナレーションにかぶる音楽や効果音などは、すばらしい演出効果をあげています。 まるでドラマです。観だしたら面白くて止まりません。 それを好んで観る視聴者が事態をエスカレートさせていることは否めませんが、みんなが暗いご時世だなんて感じ始めたら、そうでなくてもそうなってしまうのではないでしょうか? 潜在的犯罪者が報道された事件を参考にするケースもあるでしょう。 少なくとも今の世界は戦時中よりもずっといいのですから、今の幸せをかみしめることにしましょうよ。 そして明るい事柄に目を向けて行きましょう。いいことは悪い事よりもずっと頻繁に起きているのですから。

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06.10.16

-福岡での事件-

福岡県でいじめを苦にして死んだ中学生がいた。 事の発端は母親が担任教師に相談したことを、みんなの前で話した事のようだ。 僕も中学生の時、よく似た経験をしたことがある。 数日前に親に言った事柄を担任の先生が、授業の時にみんなの前で言ったのだ。 その先生は幸い、いじめたりからかったりする意図は無かったようだが、僕はどうしようもなく恥ずかしい気持ちにとらわれた。 もう誰にも心の内は明かすまいと思ったものだ。 大人から見れば何でもないことでも、子供の恥ずかしい部分は他の人には明かすべきではないと思う。 又その種の事を聞いたなら、本人に言うべきではないのでは?少なくともその他の人の前では言うべきではない。 内々の事柄を第三者から聞くと、とんでもなく腹の立つものだ。 思春期の時期には第三者を入れないで親と子、家族の中でのみ解決すべき問題も多々あると思う。

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06.10.15

-戦後-

考えてみたら戦争が終わって60年経つんだなー。 ぼけ〜っとそんなことを考えていたら、今の社会ってそれだけの歴史なんだってことに気づきました。 サラリーマン制度とか、年功序列とか、終身雇用とか、年金制度とか...みーんなそんなに長い歴史は無いんですね。 それが崩壊したってそんなに不思議はないのでは?生活はやや大変になりますけど。 漫画家の青木雄二さんも「我々の先達は仕事がなくてもたくましく生きてきたんや。どうってことおまへん」って書いてたけど、 そういわれればそうですね。 ただ、戦争で多くの人がホームレス状態になった戦後からここまで復興してきたものが壊れていくというのは残念ですね。 しかし、もっと残念なのは復興時の、「アメリカに追いつき追い越せ」みたいな、国民が一丸となって努力した経験や精神が あまり見られなくなってしまったような気がすることです(敗戦から生まれた日本の貴重な資産だと思うのですが)。 仕事でも勉強でもなるべく楽をしようとか(目標がないからですが)、公共事業から食品まで巻き込んで、何でもかんでも価格競争とか (自国の中で競争しては共倒れですよね)、 暇があったら人の落ち度を探したりやめろといってみたり非難したり...(人のことはいいから自分の面倒見ろよって言いたくなります)。 文句を言うときは既得権益を守るときだけとか。あと、色々会議が多すぎる(ぐるぐる回って大した結論には至らないのですが)。 あまりにも現状維持に力を入れすぎなのでは?と思ってしまいます。

何かこう、燃えるような明確な目標を持ってみんなが何かに向かって努力するような時代は来ないものでしょうか?(戦争は嫌ですよ)

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06.10.13

-安物買い-

安いよ!安いよ!って言われて買ってみたら、どうしようもないものだった..って経験ありませんか? けちな僕は山ほどあります。 高校生の頃、修学旅行で奈良に行って850円の木刀を買いました。「安い!」この印象で即買い。 一回も使いませんでした(使うことがあったら恐いけど)。 某韓国大手メーカーのDVDプレイヤー、出始めだったけど、当時としては7,000円台の超安値。これも即買い。 このプレイヤー、なかなか気むずかしくてレンタルDVDが再生できません。なぜ?数回しか使ってないぞ。規格が変わったのか? おかげで別に中国製品を買いました(これも半年くらいで調子が悪くなった)。で、うちにはDVDプレイヤーが3台あります。 中国製の松茸、安いから買いました。香りが無く腐りかけてたので、これもそのままゴミ箱へ。半額品にはつい手が出ます。 殆ど食べないか、もったいないとかいって無理矢理食べます。 レンタルビデオも近くのお店が閉店するって言うんで一本100円で貸し出し中に借りまくりました。見る時間が無くてそのまま返却。 得したつもりがかなり無駄遣いしてるなー。 小銭を見張れってどこかの大富豪が言っていたそうですけど全くその通りです。 皆さんもお気をつけ下さい。

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06.10.10

-顔を洗わないと...-

ふと顔を洗っていて思い出しました。昔、「友達が親に顔を洗わないと目が腐るよ」って言われていたことを。 確かに彼は顔を洗っていなかった。そして確かに目の内側が何となくかぶれていたけど。それでも彼は顔を洗わなかった。 しかし、自分の分泌物以外のものがつかない学生の目が洗わないからといって腐るものだろうか? 不潔であれば、ばい菌が増殖してかぶれそうなものではあるが、夜風呂には入っていたわけだし。 彼は目をこする癖があったので、かぶれはむしろそのせいではなかったかと思う。 彼が親に言われた後ちょっとして僕も自分の親に言われた。僕はあわてて顔を洗い始めてけれども。 懐かしくもずぼらな僕たちである。

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06.10.7

-当然の結果?-

今日の朝日新聞に「生活保護104万世帯、昨年度、過去最多に」と言う見出しが載っていました。 この記事では、「世帯数の伸び率よりも受給者数の伸び率が低いことから一人親の世帯や中高年の単身者が増えているとみられる」とあります。 まあ、ここ十数年に及ぶ長い不況やそれに伴う職場環境の悪化、晩婚化、少子化、離婚率の増加、他もろもろの要素を考えますと、 行き着く先はこういったところでしょう。 生活がどうしようもなくなって行政のお世話になるしかない人が排出するという当然の結果が待っていたわけです。 更に問題は仕事が無いとか言うことではなくて、「頑張ったけど無理だった」という敗北感が心に染みついてしまって、 人々にやる気がなくなることだと思うのですが、いかがなものでしょうか? 忍耐して何とかしのいだ後にチャンスが巡ってきてもその時には心を病んでしまって手を出すこともできない。 タイミングが合わないと言ってしまえばそれまでですが、人生にはいいときと悪いときがあるものですから、準備が出来てないともったいないですよね。 少子化にしても、病院で行われている堕胎の数を考えると、何だかおかしいですよね。 最近は障がいを持って産まれてくる子供も多くなっているそうですが、これは明らかに生活の中に食品や洗剤、医薬品に至るまで化学物質を添加し、 取り込んできた事の結果だと思うのですが。 更に原因をたどるとそこにはあくなき効率を求めた世界経済の中での日本社会というものがあるのではないでしょうか? 考えてみれば、自然はちょっきりしか作物を生産しないと言うことはありませんよね。 そろそろ効率主義をやめて、ゆったりした(先に心がですよ)国にしないと、とんでもないことになりそうです。

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06.10.6

-日本の将来-

先日ニュースで観たところによると、最近は景気がいいそうで、新卒や新卒2年目ぐらいの若者の求人率がいいらしいです(私ら中年には実感ないけど)。 田舎の私らには遠い存在のように見えるニュースの人達ってとっても幸せそうです。日本も捨てたモンじゃないぞって何だかいい気持ちになりました。 ガソリンの値段も下がっているしいい傾向だと思います。 しかし、どうにも分からないのは先日ワーキングプアが増えているとか不安なニュースが報じられたかと思うと今日は景気がいいとかいってる訳で、 どちらを信じたらいいのかとまどってしまう事もありますね。多分両方本当で、同じ物を縦から見たり横から見たり違う人の観点から見たりしているのだろうと思いますけど、 切り口を変えれば印象も変わるわけで、どうせならいいニュースばかりを聞きたいですよね。 どうせならハイな気分で生きていたいし、その方が仕事の効率も上がるという事は無いでしょうか。昔アメリカが恐慌から立ち直ったきっかけに報道が深く関わっていたようですけど、この頃には良い感じでしかニュースを流さなかったらしいです。 「今日もいいニュースがあります!」こういった報道ばっかりだったらみんなの意識も変わりますよね。 他人のスキャンダルを取り立てて非難して喜ばせるような報道や番組が多すぎると思います。それで教育された人達がどんな人格を形成するのか、僕は恐いです。 どうかテレビも新聞も、楽しく積極的な観点で報道してください。日本中が明るくなるために。お願いします。

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2006.9.26

−奈良の事件について思うこと−

今日、奈良で小学一年生殺害事件の判決が出るという。犯人の小林被告だが謝罪の気持ちなどはないそうだ。 いつかNHKスペシャルで性犯罪を繰り返す犯罪者の言葉が出ていたが、その中に「暗がりで女性が歩いているのを見るとスイッチが 入ってしまう」というものがあった。 本人もどうしようもないんだということだが、それなら社会復帰は難しいということになる。 でも実際には刑期を終えて出てくる人も多いわけで、この番組は再犯を繰り返す性犯罪者をどうすればいいのか分からないという所で 終わっていた。 この番組には小林被告の事も出ていたが、彼は以前にも幼い女の子の首を絞めていた所を見つかって逮捕されていたとのことだ。 彼は”更正”後に前の事件の目的と言うか続きを達成してしまったわけで、本人も言うようにこの性癖は完全に性格と化してしまって いたのだろう。 こうなると本人にもどうしようもないわけで、もはや理性も抗しえない所まで来ていると言うことだろうか。 しかし、どうしてこうなったかということは大事だが、この時点でどうするかと言うことはもっと大事だと思う。 病気とも言えるこの状態をどうにかするには問題を根本から絶つしかないのではないか。 問題が止められない性欲であるなら、なぜ去勢という刑が存在しないのだろうか? 凶暴な殺人者に対する死刑求刑は当たり前だとしても、そこまで行かない人達はまた社会に出てくるわけで、 自分でもどうしようもない衝動で再び罪を犯してしまい、より重い罪に服さねばならなくなるのであればこれは妥当な線ではないか。

男性としては議論したくないことでもあり、一旦去勢してしまうと取り返しがつかなくなると言うこともあるのだろうが、 犯罪の被害者は何の落ち度もないのに取り返しのつかない傷を与えれられる訳なので、これは議論に値する事であると思うのだが...

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2006.9.23

−いわゆる厄年について−

42になると同時に体調に変化が起きた。2月には脂汗が出て夜も眠られず、将来や生活にやたら不安を感じてどうなるかと思った。 体調はその後良くなりはしたが、不安は周期的に僕の精神を襲う。どうしたものだろうか? 鬱状態と言うものはこういう風にしてやってくるのだろうか。 僕には20年来の希望がある。それは若い頃に親不孝して未だに心配をかけている両親の近くで暮らし、幾らかの恩返しをしたいというものだ。 諸事情があり未だに果たせぬ夢ではあるが、自分がまごまごしているうちに僕の帰りを待ちわびていた祖母も5年前に亡くなってしまった。両親が共稼ぎであったために 世話してくれたのは祖母であり、死ぬ直前まで「帰って来て」と行っていた故に、この祖母に孝行できなかったことが僕の心に深い傷となっている。 おそらく僕はこのことを一生後悔するのだろうけれど、せめて両親のそばにいたいと思うのは間違ったことなのだろうか? 今年になってそんな事がやたら気になり、眠れぬ夜も何度も過ごした。 一体自分はここで何をしているのだろう。そう考えるとこちらでの仕事も手に付かない。ここで落ち着くことは即ちあちらには帰れないという事を意味しているようで、どうしてもだめなのだ。 そして今後あちらに行くときが来ても仕事を探し、一から始めねばならない事も不安をかき立てる材料となっている。 以前職場の先輩が、「厄年といわれる歳に丁度体に”がた”が来るんだろうな」と言っていたが、この不安は年のせいなのか?それともこの閉塞的な田舎の土地のせいなのか?生まれ故郷でもなく、大した仕事もなく、親戚もいないこの地の寂しさの故なのか? いや、多分これは若いときに自分の行ってしまった逸脱と年齢の故であろうと思う。要するに世間というもの、自分というもの、人生というもの...そういうものが見えてきたのではないだろうか?
いずれにしても、えもいわれぬ不安にさいなまれる日々がいつまで続くのか。せめて精神が破壊されてしまわないようにただ願うばかりである。

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2006.9.20

−オバQ主義者の由鬱(伊東孝昭氏)について−

下の文章(20年ぶりの先輩と劇画おばQ)を書いていて、ふと思い出したのが記紀文庫発行人の伊東孝昭氏の「オバQ主義者の由鬱」。 先の出来事でオバQの気持ちが分かった僕だが、伊東氏のオバQについての考察は面白い。

以前は青空文庫から見られたのだが、現在はサイトが閉鎖中のようなので僕が以前に印刷していたものから抜粋しよう。

『96年9月23日、藤子・F・不二雄(藤本弘)さんが亡くなった。昭和30年代に幼児期を過ごし、「オバケのQ太郎」「フー太くん」「怪物くん」 「ウメ星殿下」といった作品に親しんだ私は、藤子マンガ読者のおそらく第一世代に相当するだろう。
ただ〈国民的キャラクター〉と言われる「ドラえもん」がアニメ化され、人気を博した頃には、すでに〈大人〉になっていたので、正直に言ってそれほどの親近感を持ってい ない。未来の科学にあこがれを抱くには、歳をとりすぎていた。 その代わり、初期に安孫子素雄さんと合作した「オバQ」には、今なお心惹かれている。というのも、Q太郎は、「何の使命感も芸もなく、犬が嫌いで大めし食いという、日本の漫画およぴテレビアニメの主役の中では実に珍 しい自由人第一号」(おかだえみこ『アニメの世界』新潮社)だからである。 居候の身でありながら、米ぴつごとご飯を平らげても、大原家の人々は彼に苦言を呈したりしない。時に思いつきで何事をなそうかと思い、途中で投げ出したり、騒動を起こしたりしても、P子やO次郎という出来のいい妹や弟が後始末をつけてくれる。しかも、長 男への尊敬は揺るぎない。無芸大食ながら、Q太郎が消えたり、空を飛べたりと、都合が悪くなった時に逃げる能カだけ身につけているのも実にうらやましい。Q太郎は社会にとって無用の存在である。なにせオバケなのだ。
しかし、それにもかかわらず皆から愛されている。一方、ドラえもんへの愛のかなりの部分は、彼が独占的に所有する未来のツールに負っている。しかも、妙にのぴ太を甘やかしながら、折々に「のぴ太くん、だから君は駄目なんだ」と口うるさく、説教臭くてかなわない。機械に人間が支配されるチャップリン型未来社会をどこか思わせ る。Q太郎の同類である私には、バブル期このかた世間がいっそう世知辛くなったように思える。何よりも「金のない人間は駄目だ」というのが通念になったのは痛切だ...(中略) オバQ主義者は無力である(まあ、無カであるがゆえに、そうなったのだが……)。芸もないのに、世間様に愚痴をこぼしてはいけない。大食して無用に過ごせれぱ何よりだ。とはいえ、現代の日本では肩身が狭く、ついため息がでてしまうのである。』(伊東孝昭氏の「オバQ主義者の由鬱」より)

この時点で伊東氏はバブル期以降の日本人の価値観を嘆いておられるが、その後長引いた不況で世の中はいささか変わっただろうか? 搾取される労働者達は自分の権利も主張できずに貧しさに甘んじ、人を見れば疑わねばならない世の中には寒々しさを感じる。同じオバQ主義者である私にとっても、さびしい限りである。
しかし伊東氏はどこへいってしまったのだろう。僕のような読者の存在も知らずにオバQと同じく自分の世界に帰って行かれたのだろうか?

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2006.9.18

−20年ぶりの先輩と劇画おばQ−

先日、20年近くも疎遠になっている大学時代の漫研の先輩の家に電話をした。 実は前にどうしているかと思ってホームページの宣伝がてら自分の近況を書いた手紙を送ったのだが、なしのつぶてなので、届いたか心配になって電話をしてみたのだ。 電話にはお父さんが出られて「まだ帰っていない」とのことだったので数日してからもう一度かけてみた。 今回はお母さんが出てくださった。僕の事を覚えていてくださっていたようで、親切に対応してくださった。 お話によると、先輩は結婚して今はうちを出ていて、大変忙しい生活をされているとのこと。 ご実家にはちょくちょく顔を出されるのか、僕の手紙は読んでくれていたそうだ。 これで安心した。 しかし、連絡先は教えてくださらなかったので、僕が連絡するのはまずいのだろう。 お母さんは「ごめんね」といってくださった。 水入らずの生活に首をつっこんで邪魔する気はないけれど、ちょっと淋しい気もした。 それで思い出したのは藤子不二雄先生の「劇画オバQ」である。
おばけのQ太郎が15年ぶりに正ちゃんの所に来て、正ちゃんの奥さんとうまくいかないとか、脱サラを決意した正ちゃんを見て「正ちゃんは、もう子供じゃないってことだな…な…」とか淋しそうにつぶやいて帰っちゃう...。 参考(ヤマカムさんのおばQのページ。

あの妙に淋しい疎外感、おばQ、気持ちは分かるぞ!
しかし、大学卒業後に先輩が電話してくれた時、僕も他の方を向いてて、取り合わなかったモンね。 それに、色々なことが一段落した今だから連絡したわけで、もう少し前だったら逆に連絡をもらったとしても取り合う余裕もなかったろう。 まあ、タイミングがあわなかっただけでしょう。
将来またタイミングの合う時が来るのを待ちましょう...。

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